恋心
彼女はいまだ敗北を知らなかった!
ハンニバルの誘惑に負けどっぷりと男の欲望を吐き出したレリウス、その場に立ったまま俯き加減でフゥフゥと息を荒げていた、そんなレリウスの足元にひざまずく形で彼の顔を見上げながらハンニバルはこう言う。

「…フフッ…いいわぁ…素敵よ!レリウス!私…こんな気分…初めて!なんだか…おかしい…その気になっちゃいそう…なの♪」

そのハンニバルの言葉にレリウスはギョッとして彼女を見おろしたままその瞳を大きく見開いた!頬を薄い桃色に染め恍惚とした表情で微笑むハンニバル、その整った顔も美しい髪も飛び散った自分の精液でグチャグチャになっていたが男の欲望にその身を汚されてなお彼女の美しさは微塵も損なわれることはなくかえってその美貌が際立ったようにレリウスには感じられた!

「もう…やめて!!」

ベッドの上、体育座りの姿勢でその両腕に顔をうずめたまま身じろぎひとつしなかったスキピオ、そのスキピオの腹の奥から搾り出された重苦しい嘆きの言葉にハンニバルの美貌とその誘惑に捕らわれかけていたレリウスはまるで深い夢の中から現実へと引き戻されるような思いであった!レリウスは目の前にいるハンニバルを横へ押しのけベッドの脇に駆け寄ると悲しむスキピオに対して弁解しようとする、だが先ほどのレリウスの行いに対し激昂していたスキピオはその場で跳ね起きると手元にあった枕をレリウスに向けて投げつける!そして聞く耳は持たぬとばかりに涙まじりの声でこう叫ぶ!

「ひどいッ!酷いわッ!言い訳なんて聞きたくないッッ!!!!」

長い間密かに想い続けてきた愛しい人、幼馴染のレリウス、そんな大切な彼を初体験の余韻も抜けぬすぐその後に、いきなり自分の目の前でライバルである敵の女将軍にいい様に弄ばれたのである!本格的な行為にまでは至っていなくとも先ほどまで清い乙女であったスキピオにはそれだけで充分堪えた!愛する男を自分よりも魅力のある女に精神的に寝取られたようなものであったからだ!
村娘のように叫ぶスキピオ
「キーーーーッ!!悔しい〜〜ッ!どうせッ!私なんか…髪の毛はバサバサで男っぽいし!カラダを差し出してさえ女としての価値も魅力も全くないわよォッ!」

スキピオはベッドの上に膝立ちすると悔しそうにボーイッシュな短髪を右に左に振り乱し涙のしずくを吹き飛ばしながらベッド脇に突っ立っているレリウスのたくましく盛り上がった腹筋や胸板目掛け平手打ちやらパンチやらを思う存分に叩き込んだ!大して堪えた風もないレリウスに腹を立てたスキピオは爪を立てて引っかいた!

「いッ!痛!おやめ下さいッ!スキピオッ!どうか落ち着いて!」

「だまれーッッ!!黙れよッ!このッ…こんな痛みが…なんだッ!私がお前たちから受けた仕打ちに比べれば…こんなモノぉッ!」

レリウスはスキピオに殴られたり爪で引っ掻かれた痛みを忘れる程にいつもの貴族の娘らしい、高潔な雰囲気を纏うスキピオからはとても想像できぬその痛ましい姿に動揺していた!彼女の美しく整った顔が溢れ出した涙のしずくや鼻水でグシャグシャになっている。
レリウスは昔からスキピオのことを密かに慕っていた…が、いつも一番近くに居るとはいえ自分には手の届かぬ高貴な乙女だからとほとんどその想いを諦めかけ己の心の内にしまい込んでしまっていた。

「落ち着いて!あまり大きな声を出すと…他の者が来てしまいます…こんな有様を誰かに見られでもしたら…大変なことになってしまうッ!」

レリウスはそこらの村娘のようにギャアギャアと喚き散らすスキピオの両腕をしっかと強引に押さえ込むとスキピオの耳元でそう囁く!しかし悔しさと悲しみとの感情がゴッチャゴッチャになって制御不能になっているスキピオにはそんなレリウスの制止の言葉もさしたる効果はなく…それどころか半ば強引に男の腕力で細腕をねじ伏せられたスキピオは更に怒りの感情を爆発させてこう叫んだ!!

「ハッ…遠慮はいらんぞ!レリウス!見たいヤツには見せてやればいいのさッ!…なんなら他の兵たちも混ぜてやれッ!」

半狂乱になったスキピオは息継ぎするのも忘れて顔を真っ赤にして更に乱暴な言葉をハンニバルに向け繰り出す!
怒りのスキピオ
「ハンニバルッ!アンタもだ!その美しい体を好きなだけ抱けるとなればきっと皆涙を流して喜ぶだろうよッ!!アーッハハハぁッ!!お前らッ…ええッ!お前ら!!お前らはセックスを人に見られている方が俄然燃えるんだろう?えぇッ?どうなんだッ?好きなだけ楽しめばいいんだッ!!理性を持たぬ野獣の様になッ!!」

スキピオは目の前で恋人を寝取られそうになったことが余程悔しかったのだろう、目の端に大粒の涙を溜めハンニバルを睨みつけた…だがハンニバルは余裕の笑みを浮かべたまま微動だにしない、それどころかスキピオを更に挑発するかの様にこう言い放つ。

「フン…レリウスを奪われたのがそんなに悔しいの?ならもっと自分の気持ちに素直になるコト!ちゃんと彼の想いを受け止めてやれなの!人の命など儚いもの…お前たちも!そしてこの私も!いつどうやって死ぬかなんて決してわかりはしないのだから。」

ハンニバルはそう言うとゆっくりと立ち上がりイスの背にかけてあった紫色のマントを羽織った。

バサァアアーッ!!

勢い良く翻るマント、そんなハンニバルの様子を伺う二人の男女を背にハンニバルはテントを出て行こうとした、スキピオはその時になってようやく我にかえり慌ててハンニバルを呼び止める。

「まっ…待てっ!ハンニバルッ!あまりの出来事に重要なコトを聞き忘れていた!会戦は?いつ行う?今日…これからか?それとも明日にするのか?」

スキピオの大きな声に足を止めたハンニバルは振り返ることもせずゆっくりとそして静かに…こう言葉を返す。

「このテントを離れた瞬間から…私とお前たちは敵同士となる!これより行われる会戦では一切の手心や容赦は加えぬ…お前たち!戦場でこのハンニバルと出会ったなら…そのときこそ…覚悟を決めよ!!」
振り返るハンニバル
これまでとは全く違うハンニバルの雰囲気、その語気の力強さに圧倒されるスキピオとレリウスはしばし息を呑む…そんな二人をよそにテントからゆっくりと歩み去るハンニバル。

「……スキピオさま!」

「わかっている…!急いで服を着ろレリウス!」

ハンニバルに続き、まるで風のようにテントを飛び出しローマの陣営へと駆け戻った二人!ザマの地におけるハンニバルとの最終決戦の準備をしなければならないのだ!

実戦において、戦闘が激しければ激しいほどいったん火蓋を切ってしまえば末端の兵士たちに命令を下すのは非常に困難となる…ヌミディアの騎兵を従え参戦したマシニッサも交え具体的にどう戦闘を進めるかという作戦会議も必要だ!恐らく…これまでにはない死闘となるだろう!ローマの女将軍、スキピオはそう予感していた!

スキピオは最悪の事態も想定しあらゆる局面に対応、各戦列の中隊が柔軟に動けるよう軍団長たちに個別に細かい指令を与えてゆく。

「マシニッサ!レリウス!そして隊長たちも聞いてくれ!今から作戦を説明する!まず…この真ん中の赤く四角いブロックが我がローマの3つの重装歩兵隊の戦列、ここは私が指揮を執る!そして前面にある丸い白のブロックが軽装歩兵隊、両脇の黄金の杯がお前たちがそれぞれ指揮する騎兵隊だ!ここまではいいな?」
軍団会議
黙ってうなずくマシニッサ、レリウスはただジっとテーブルの上に置かれたローマ軍団を模したブロックを見つめている、スキピオは赤いブロックの間を両手で押し広げてさらに説明を続けた。

「ハンニバルはもてるすべての戦象(せんぞう)を戦線に投入してくるハズだッ!数はわからないが…これが我が軍の最大の脅威となるのは間違いない!だから私は敵の最大戦力を無力化する手段、その戦法を考案した、それがコイツだ!」

スキピオは押し広げた中央の赤いブロックの前面に置いてある白いブロックを左右にズラしながら更に説明を続ける。

「隊列にワザとスキマを作り敵の戦象をやり過ごす!こうだ!敵の側からは前面に立つ軽装歩兵隊が邪魔となり隊列のスキマを伺い知ることはできぬ、ギリギリまで象の突進をひきつけてかわすんだ!」

「なるほど…それはよい案だ!で?我々騎兵隊はどうすればいい?」

スキピオの説明を聞いていたマシニッサがそう言うとスキピオはこう答える。

「マシニッサとレリウスはそれぞれ両翼の敵騎兵を押し返すことに集中してくれ!ただし!深追いはするな、騎兵を追い払ったならすかさず敵歩兵隊の後背を付け!こちらの重装歩兵隊と騎兵隊で敵を挟みうちにして殲滅するんだ!」

隊長たちから次々と質問が飛ぶ、隊列の間を進む戦象の処理は?隊の動き、後ろの隊は待機すべきか?それとも側面に移動し攻撃を仕掛けるのか?などなど、次から次へ矢継ぎ早に飛びくる質問にスキピオは素早く的確に答えていった…そして、決戦の時は来た!北アフリカの空、ザマの地にスキピオ率いるローマ軍の出陣ラッパが響き渡る。

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